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2009年7月18日 (土)

名勝負物語(1) ミュンヘン男子800m

オリンピックや世界陸上、国内レース等で記憶に残る名勝負ってたくさんある。昔のもので、ぼんやりとした記憶のものでもインターネットの時代となり、探索すれば記憶が甦ってくる。

そこでGGの衰えた頭脳に今でも残っている断片から名勝負を甦らせてみた。

最初は「オリンピック男子800m、帽子をかぶっっていた、残り100mからラストスパート、どん尻から7人をごぼう抜きして優勝した選手」だ。

「オリンピック男子800m 帽子」のGoogle検索で、どこかの2chがひっかかり、そのものズバリ判明。

『ミュンヘンの陸上男子800㍍で優勝したアメリカのデーブ・ウォットルは、レース中、帽子をかぶって走っていた。 表彰式の国歌演奏中にも帽子を取らなかったため、後で謝罪を余儀なくされた。』

YouTubeでも「1972 Olympic 800m Final (Hi Quality)」のタイトルでレースの動画が観られる。このレースがまた観られるとは思ってもみなかった。

動画からレースを再現しょう。

  • Lane1 920 エフゲニー・アルザノフ ソビエト連邦
  • Lane2 327 デイター・フロム 東ドイツ 1.47.96
  • Lane3 1033 デーブ・ウォットル アメリカ
  • Lane4 585 ロバート・オウコ ケニア
  • Lane5 279 アンドレイ・カータ イギリス
  • Lane6        フランツ・J・ケムパー 西ドイツ
  • Lane7    マイク・ボイト ケニア
  • Lane8    Kupczyk, Andrzej ポーランド

スタート! 第2コーナからオープンコースとなりバックストレートで先頭をきるのはケニアの2選手。続くのはポーランドのKupczyk、イギリスのカーター。ウォットルは早くも一人大きく引き離されている。

レースは200mから300mのコーナを回ってホームストレートへ。最後尾のウォットルが徐々に差を詰めて来た。ホームストレートではカーターがケニア勢に並び、東ドイツのフロムもKupczykに並び4番手に上がる。

400mラップは52秒。ケニアのマイク・ボイトがトップ。ウォットルは最下位で10m遅れ。コーナを曲がり、バックストレートに入る。ここで猛然とスパートするのは6番手にいたソビエトのアルザノフだ。一気にケニア勢まで抜いてトップへ出る。そして何とウォットルも2人抜いて6番手に上がって来た。

Wottle
YouTubeより。帽子のウォットルが追い上げ開始。

ラスト200m。トップはアルザノフ、続いてケニアの2人、東ドイツのフロム、ポーランドのKupczyk、そしてウォットル。最後のコーナでウォットルがフロムとKupczykを抜き3位へ。

ラスト100m。逃げるアルザノフ、追うケニア勢、迫るウォットル。

ラスト50m、ケニア勢に並ぶウォットル。ケニアのオウコは抜くが、ボイトは粘る。アルザノフはゴールへまっしぐら。勝負あったと思われたがゴール直前、ウォットルが奇跡の逆転。

  1. デーブ・ウォットル     1.45.9
  2. エフゲニー・アルザノフ  1.45.9
  3. マイク・ボイト        1.46.0

ウォットルのラップは53秒-53秒のイーブンペースだ。200mラップで測っても、26.4 - 26.9 - 26.4 - 26.2 という完璧なペース。 駆け引き勝負の800mで、またオリンピックという大舞台でどうやったらこれほどのイーブンペースで走れるのか。

ラスト100mの強烈な追い込みが印象としてあるが実際はマイペースで駆け抜けた、ということか。

ウィキペディア(フリー百科事典)によると
ウォットルは、1974年にプロに転向したがすぐに現役を引退。引退後は大学で陸上のコーチとなった。現在は、テネシー州メンフィスのローズカレッジの職員として働いている。

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