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2012年7月28日 (土)

ロンドン五輪開幕

朝起きるとオリンピックの開会式をテレビでやっていた。ちょうど選手入場が始まるところ。日本選手の入場行進まで見る。赤のブレザーに白ズボンとオーソドックスな服装。

そのあと、伏見稲荷の方へランニング。日吉が丘高校の横を通って稲荷の裏道を走る。ちょっとしたクロカンコースだ。1kmほどで稲荷山の出る。山頂を一周して別の坂道(こちらは舗装道路)を下る。この道の傾斜がとてつもなく急角度。次に来たときはこのスーパー坂道登りで練習しよう。坂道を下りたところから階段を降りると、さきほどのクロカンコースのスタート点に戻る。いい練習コースになりそう。

夕方から町内の夏まつりに出かける。5時半から始まりバンド演奏や踊りがあり、ゲームコーナあり、飲み物や食べ物あり、そして最後に花火。

Natu0728
ここぞとばかりジュースを飲みまくる、どこかの子供

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過去のオリンピック陸上中長距離選手について(第2回)

第1回は「GG日記7月16日」に1964年東京をアップ済み。今回はメキシコからモスクワまで。

Olym1968
メキシコで思い出すというか覚えているのはマラソンの君原選手の銀。首を振ってもがき苦しみながらゴールする姿は感動を呼んだ。日本陸上陣のメダルは結局、この一つだった。

空気の薄い高地ということで長距離やマラソンの記録は厳しいものとなった。一方、走り幅跳びでは高地の特異性を生かしビーモンが8m90、世紀の大ジャンプを披露した。

マラソンではアベベのオリンピックV3が期待されたが途中棄権に終わる。しかし同国のマモ・ウオルデが優勝し、エチオピアの3連覇は達成。

Olym1972

GGサン23歳。陸上にどっぷり浸っていたので名前はよく知っている選手ばかり。しかし、ミュンヘンといえば、マラソンのフランク・ショーターであり、5000m、10000mのラッセ・ビレン、そして3000障害のケイノ。この3人が光っていた。

日本選手ではマラソンの君原選手の5位。日本陸上陣では、たった一つの入賞だった。

Olym1976
日本陸上陣、メダルなし、入賞なし。寂しいオリンピックとなった。

期待のマラソンは宗茂の20位がやっと。優勝は2連覇を狙うフランク・ショーターを破った無名のチェルピンスキー(東ドイツ)。2時間9分55秒のオリンピック新記録だった。

5000m、10000mはラッセ・ビレン(フィンランド)が優勝し、長距離2種目の2大会連続金メダルという偉業を達成。なんとこのモントリオールではマラソンでも5位に入っている。五輪長距離最強の選手といってもいいか。当時、兵庫リレーカーニバルに招待選手で出場したのを観戦に行った。背が高くて髯を生やし目線は前方やや下を向き、ピッチ走法で黙々と走る。そんなイメージを受けた。

Olym1980
残念ながら、日本はボイコットで不参加。
選手それぞれが全盛期といっていい時期。とくにマラソンの3選手。見たかったなあ。ソ連のアフガン侵攻で西側諸国はボイコットした訳だが、英国のように参加した国もある。結局、政治の介入にスポーツが負けた。

マラソンはチェルピンスキーが2連覇。中距離2種目は英国の2選手、セバスチャン・コーとスティーブ・オベットの対決が話題となった。

コーは800mでオベットに敗れるが1500mで優勝し英国のヒーローとなる。2012年ロンドン五輪組織委員会の会長。

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