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2012年10月18日 (木)

1971年8月 第24回十和田八幡平駅伝

今日は過去の記録整理をしよう。

このGGサンのブログは
・現在進行形の練習や大会を日々記すと共に
・過去の記録を思い出しながら整理する
の2本立て

思い出ブログはタイトルに年月がつく。カテゴリーは「GGのレース年代記」

今日は十和田八幡平駅伝について。

Wikipediaより
発端は、日本マラソンの父と称される金栗四三が「日本人選手が国際的なマラソンレースで勝利するためには、厳しい真夏の時期にトレーニングを行い、体力をつけることが必要である」と提唱されたことが始まりであるとされている。

戦後の混迷期に、鹿角地区青年会がスポーツで活気を取り戻そうと、1948年、炎天下の夏季駅伝として第1回大会を開催した。

起伏の激しい標高差818m、全長73.8kmの十和田八幡平国立公園の大自然の中を5区間を走破する設定となっている。



初めてこの駅伝を走ったのは第24回大会で1971年の8月7日(土)。GGサンは22歳。第3区15.7km。レースで走ったのはそれまで10km以下だったのでこれは最長距離。

6日の朝、といっても夜中の2時41分の汽車で十和田湖へと向かう(当時は北陸に住んでいた)。

汽車は超満員、夜中ずーとデッキで立ったまま。やっと到着2時間前ぐらいに座ることができた。夕方6時に旅館に着く。(10時間以上立ち続けとはこれいかに? 明日走れるのかな)

山内くんと一緒に軽く40分ほど走る(元気があったなあ、若い)。夜は果物などをたくさん食べて早めに床につく。よく眠れた。(当然や)。7日朝。足が痛い。旅の疲れと昨日の練習やりすぎ。

9時に旅館を出て中継点へ。10時ごろから雨が降り始める。2区の山内くん22位でGGサンに。2kmほどで1人抜くがそのすぐあと別の選手が猛然と抜いていく。とてもついて行けない。何とか差を広げられまいと踏ん張ったつもりだが、10kmを過ぎてダウン。

今までレースはもとより練習でも走ったことのない距離に、もう走れませんの状態。たくさの沿道の応援に支えられやっと中継した。

3区 15.7km 区間22位 56:13
出場23チームなのでブービーか。キロ3分35秒ペースなので今から思うと、よく走ったのでは。全国大会なので周りが速すぎ。

3区区間成績
①48:32 鎌田俊明(鐘紡)
②48:44 田中末喜(東洋ベアリング)
③50:00 滝田正博(いずみクラブ)

鎌田選手は日本のトップランナー。現在でも10000m日本歴代20位(27:48.63)だ。
(ちょっと残念な事件があったが今はどうされてるのかな)

総合成績
①4:09:22 東洋ベアリング
②4:10:28 鐘紡
③4:15:19 東急
23 4:55:09 コマツ

コマツチーム成績
1区 12.9km 21  47:25
2区 13.4km 23  47:27
3区 15.7km 22  56:13
4区 17.1km 23 1:02:10
5区 16.9km 23 1:21:54
(総距離76km)

どんどん、どんどん登っていくコースで最終区は酸素不足に陥った。

以後も大会は継続され今年も第65回大会が8月に行われている。

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