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2015年5月22日 (金)

たそがれに還る 序章

1965年、高校2年の時、この本に出会う。上野産業会館の中にある小さな書店の奥のほうの棚に燦然と輝いて立っていた。

たそがれに還る 光瀬龍

早川書房刊行、日本SFシリーズの第2弾。手に取った表紙がこれまた幻想的。わくわくしながら、当時としては大金の350円をはたいて即購入。

Tasogare

このとき買った本は行方知れずなので今回、ハルキ文庫版にて再度読み始める。この本自体も何年も前、まだ光瀬龍氏が存命中に買ったものだ。

「たそがれに還る」

このタイトルの響きからして胸に迫るものがある。たそがれに還る、とは何か?

扉を開けると二行詩

 人、うたた情ありて
 たそがれに還る
     ―― R・M ――

R・Mって誰? 光瀬龍(みつせ・りゅう)、作者。

人間は塵から生まれて塵に還る・・・自分勝手にそう解釈してた。

さて、物語の序章は・・・

――人類は、その宇宙に於ける発展の歴史の中で、三つのおおきな事件に遭遇した。そのいずれもが・・・・

ユイ・アフテングリ著の星間文明史、第七巻、第五章、特徴的文明よりの引用文が序章。

三つの事件のうちの二つは、
二千年代後半に於ける地球文明と宇宙植民地との泥沼のような統合戦争と、
三千年代前半の人類とサイボーグの間の絶望的で深刻な対立
である。

そして三つ目が三千年代も終りに近く、全く突然に人類の前に提示されたあの一連の奇妙な事件。――これが物語の本題となるようだ。

まず、このユイ・アフテングリ著の星間文明史がいつの時代に書かれたものかというと、

「第三の事件から一千年の歳月をへた今日、なお資料整理の段階にあり、・・・」とあるので、四千年代終わりとみていい。今から二千数百年も未来の歴史書。

次に、未来の人類が宇宙のどのあたりまで発展しているか、だが、この序章だけでは分からない。しかし、「3816年、宇宙省は太陽系連邦の経営に関して・・・」という文章から考えるに、第三の危機、すなわちこの物語の時代では太陽系全域に人類がその生活の場を広げていたとみていいだろう。

限りなく宇宙に進出しようとする人類の前に、立ちはだかった未曾有の危機とは?

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