GGのレース年代記

2014年5月16日 (金)

1979大阪陸上選手権5000m

恐ろしく古いプログラム。昭和54年だから西暦1979年、ちょうど30歳。第47回大阪陸上選手権。6月16日(土)と17日(日)の2日間、長居陸上競技場で行われた。

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自分の出場したページしか残っていないが結果をメモしている。

予選は3組6着。16日(土)の午後1時30分から。

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1組
①15.29.6 ②15.30.0 ③15.38.7 ④15.40.0 ⑤15.49.5 ⑥15.46.9
この時ぼくは予選でしたが1番で走ってました。
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2組
①15.23.6 ②15.43.5 ③15.43.8 ④15.45.5 ⑤15.49.8 ⑥16.00.1
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3組
①15.15.5 ②15.20.5 ③15.36.1 ④15.36.9 ⑤15.37.0 ⑥15.38.9
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決勝は同じ日の夕方6時。5000mの予選・決勝を半日でやってしまうなんて今では考えられない強行日程です。

①14.28.7 ②14.33.9 ③14.34.8 ④15.178 ⑤15.19.5 ⑥15.21.7
結果、ぼくは⑥位。

こうしてプログラムをみると懐かしい名前がたくさんあります。みんな若かったあの頃。

翌日は朝の9時から1500m予選。8組4着。ぼくは4組で4着、4.17.7。このあと、準決が昼の1時35分からだったが棄権して帰った。決勝は夕方の5時なので、決勝に残った選手は1日に1500mを3本走ることになる。これもハードスケジュールですね。

この6月だけで5日間、試合に出ている。休みの日は試合というパターン。奥さんやチビッコはどうしてたのかな。

◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
 

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2013年6月20日 (木)

5000m15分台

降り出したら止まりません。今日は小雨の中、鴨川上流へ。

タイムトライアル二条大橋~賀茂大橋の片道1.7kmコースを往復3.4km。

16’24”

キロ4’49”ペース。これで精一杯。

今週末日曜の大阪実業団陸上の健康マラソン5000m。目標は京都高校選手権の河添香織選手の5000m競歩優勝タイム22’51”。(4’34”/km)

しかし5月の大阪マスターズ選手権3000mが13’54”26(4’38”/km)だったので相当に厳しい。

5000mを15分台で走っていたころから考えると愕然となってしまう。

GGサンが最初に15分台を出したのは
24歳、1973年4月の大阪陸協記録会(長居)で15’52”
そして最後の15分台レースは
43歳、1992年5月の枚方市春季総体陸上(枚方市営)で15’59”6

20年間、15分台をキープしていたわけか。
(もちろん、15分台の出なかった年もあるが)

ピークは30歳で15’19”1が自己ベスト。これも大阪陸協記録会。この年の大阪陸上選手権は1日に予選、決勝を走り、予選は15’29”6、決勝は15’21”7で6位だった。今では考えられない日程だけど、この頃は普通に1日で5000mの予選と決勝を行っていた。府民体育祭、選手権、大阪実業団、クラブ対抗など朝一番に5000mの予選があって午後の最後の方に決勝。大阪はそれだけ出場選手が多かったようだ。トラック競技ということでは当時のほうが今より盛んだったように思う。

15分台が出なくなり、そして16分台が出なくなるのはそのあと、ほどなくやってきた。そして20分以内でも走れなくなる。

いつだったか5000mを19分ほど、かかるようになったころ、カミさんが言ってた。『老いぼれたな~』と。

いやいや、これから益々老いぼれますよ。

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2013年2月21日 (木)

1977年:第9回京都マラソン

曇り時々晴れ。寒さは相変わらず厳しいー!
毎日ジョグ程度の走りなのに脚に疲労がどっぷり溜まってる。だから今日は練習休み。ほんとのところは寒いので外に出たくない。

1977年といえばもう36年も前。その年の2月13日(日)に第9回京都マラソンがあった。その大会のメモを記事に。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

スタート11時の天候は晴、気温8℃、湿度72%、風0.6m/sなのでいいコンディション。

朝6時前に起きて朝食はトースト2枚とコーヒー。タクシーで西京極へ。9時から10時まで健康診断だが9時10分ごろ到着。同じクラブのC君やMs君はもう診断を済ませていた。

GGサンのうしろに昨年優勝の大東大の大久保選手が並ぶ。列が長いためなかなか順番が回ってこない。大久保選手はしきりに時間を気にしていたようだ。(招待選手なのにどういう手順だったのかな)

ようやく診断をすませゼッケンをもらう。185番。

ジョグを始めるが寒くなりそうなのでレースは長袖か半袖か迷う。クラブ全員(4人だけど)半袖にすることにした。

枚方のライバルM選手(住友重機)と共にアップ。トラックを5周ほどして体操、そして着替え。スタート15分前にフィールドに出て準備をし、スタート位置に並ぶ。

11時スタート。240名あまりのランナーが出発。まずトラックを3周と3分の2。GGサンはC君と最後尾でトラックを出ていく。

5kmまでにMt君を抜き8km折り返しでMs君に追いつく。C君はずいぶん後方で苦しそう。

5kmは18分ちょっと、10kmは36分30秒ぐらい。ここまで並走していた枚方のN選手(松下電器?)が先に行ってしまう。GGサンは無理せず、なるべく足を飛び跳ねないように心掛けて走る。

20kmは1時間13分30秒ぐらいで通過。昨年より2分ほど遅い。

国際会館折り返しで順位は90番ぐらい。トップのロジャース(アメリカ)は飛ぶように走っていく。恐ろしいほどのスピードだ。それにひきかえGGサンは急に足の爪先が痛み出す。シューズのヒモを強く締めすぎたようだ。痛みをこらえていくしかない。調子は悪くないんだ。後半はピッチを上げるか。

折り返しでの部員の状況。少し後ろにMt君がついていた。だいぶ遅れてピッチ走のMs君。3人目のC君は見当たらない。あきらめかけたころ、もがき苦しみながらC君が来る。収容車のバスがすぐ後ろに。風邪をひいているらしいので走れる状態ではないかも。

30kmは1時間50分ぐらい。ここから体がいうこと聞かない。そのうえ上り坂。歩くような速さで坂をのぼる。あと10km。いつも練習している家具団地コースだ。頑張れと自分に言い聞かせつつ走る。それでもなかなか35km地点が来ない。

ついに立ち止まる。完走に危険信号だ。

なんとか35km通過。またそこから40kmまでの長いこと。長い長い道。歩いたり休んだりしながらの走り。やっと40km。2時間34分過ぎ。あと2km。しかし脚は動かない。最後の給水ポイントでジュースと水を1杯づつ飲む。うまい。元気も出た。還ってきたぞ西京極。最後の力をふり絞ってトラック1周。ゴール!

2時間44分13秒。 57位だった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

この大会に瀬古利彦選手(早稲田大1年)が出ている。ゼッケン96だから一般選手。10位、2時間26分00秒。初マラソンでヘロヘロだったようです。たしか『マラソンがこんなに苦しいものとは、もう二度と走りたくない』と言っていたような。しかし大学1年で挑戦した初マラソンの苦しさが世界のトップランナーに駆け上る原動力になったかもしれない。

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2013年2月18日 (月)

1980-1982:淀川マラソン30km

今日は一日中冷たい雨。練習は休み。家の中で簡単な筋トレ。

昨日の熊日、青梅の30kmに刺激を受けて、GGサンの30kmレースを思い出してみた。それは淀川マラソン。守口市の淀川河川敷(太子橋公園)で行われた大会で名誉会長が三笠宮親王殿下で毎回、応援やら表彰に来られてました。

GGサンはこの大会の30kmレースに1980年から3年連続で出場していた。

1980年3月9日(S55年)31歳 第7回大会

④ 1:45:53 (5km平均 17:39 このペースでフル 2:28:55)

あいにくの雨でコースは水びたし。一部舗装されているところもあるが土道や砂利道なので泥んこ。風も強く最悪のコンディションだった。優勝は電々近畿の山口照美選手でスタートから飛び出してそのまま独走でした。

①1:43:06 山口照美(電々近畿)
②1:45:32 U選手(久保田鉄工)
③1:45:38 H選手(長居AC)
④1:45:53 GGサン(小松製作所)
⑤1:49:00 I選手 (大阪府警)
⑥1:49:13 T選手(大阪ロードクラブ)
⑦1:50:14 M選手(丸一鋼管)
⑧1:50:22 T選手(石田衡器)
⑨1:51:01 N選手(大阪ガス)
⑩1:51:08 T選手(神戸製鋼所)

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久保田のU君(左)と並んで淀川沿いを走るGGサン

1981年3月8日(S56年)32歳 第8回大会

③ 1:43:48 (5km平均 17:18 このペースでフル 2:26:00)

好天。参加者は150名ほど。10kmを33分30秒ぐらい。第2集団で走っていたが20kmぐらいから先頭集団に追いつき、一時はトップに出て走る。終盤はバテで5位まで落ちるが最後は2人を抜き返して3位に入った。優勝は電々近畿の中尾明選手。

①1:41:37 中尾 明(電々近畿)
②1:42:30 N選手(京都走友会)
③1:43:48 GGサン(小松製作所)
④1:44:38 T選手(小松島陸協)
⑤1:45:10 U選手(電々近畿)
⑥1:45:19 S選手(信太山自衛隊)
⑦1:45:53 N選手(電々近畿)
⑧1:46:45 F選手(大阪府警)
⑨1:48:15 S選手(近大)
⑩1:48:35 T選手(三宝伸銅)

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ゴール後のGGサン

1982年3月14日(S57年)33歳 第9回大会

③ 1:41:14 (5km平均 16:52 このペースでフル 2:22:23)

30kmを5km17分を切るペースで走ったのはこの時が最初で最後。淀川河川敷の守口側、太子橋公園をスタートして上流の枚方方面へ。向かい風が強く先頭集団の14人は淡々と走る。枚方大橋の下が11kmの折り返し。一斉にスパート。7,8人が先行。GGサンはペースを守り第2集団で追う。走路は砂利と地道で足の裏が痛い。

ペースを徐々にあげ、前を行く電々近畿や大阪ガスの選手を次々と抜いて行く。昨年優勝者N選手も20km手前でかわしトップを追う。スタート地点通過は4位。戻ったスタート地点からさらに下流へ4km走って2回目の折り返し。前方の3位の選手が歩き出す。あと4km頑張ろう。

①1:38:31 新浜章治(電々近畿)
②1:40:47 M選手(住友金属)
③1:41:14 GGサン(小松製作所)
④1:42:07 K選手(電々近畿)
⑤1:42:21 O選手(東海大学)
⑥1:42:25 F選手(長居AC)
⑦1:42:48 N選手(電々近畿)前年度大会優勝者
⑧1:43:35 Y選手(大阪ガス)
⑨1:44:18 T選手(大阪ガス)
⑩1:44:56 U選手(大阪ガス)

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22km過ぎ

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ゴール前

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表彰式を待つ

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三笠宮殿下から何をもらったのかな

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間違って健康マラソンの部10kmを走ったチビッコ。
小学1年生。走り終わってもケロッとしていた。
その後、成人してフルサブスリーのランナーになりました。

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2012年10月18日 (木)

1971年8月 第24回十和田八幡平駅伝

今日は過去の記録整理をしよう。

このGGサンのブログは
・現在進行形の練習や大会を日々記すと共に
・過去の記録を思い出しながら整理する
の2本立て

思い出ブログはタイトルに年月がつく。カテゴリーは「GGのレース年代記」

今日は十和田八幡平駅伝について。

Wikipediaより
発端は、日本マラソンの父と称される金栗四三が「日本人選手が国際的なマラソンレースで勝利するためには、厳しい真夏の時期にトレーニングを行い、体力をつけることが必要である」と提唱されたことが始まりであるとされている。

戦後の混迷期に、鹿角地区青年会がスポーツで活気を取り戻そうと、1948年、炎天下の夏季駅伝として第1回大会を開催した。

起伏の激しい標高差818m、全長73.8kmの十和田八幡平国立公園の大自然の中を5区間を走破する設定となっている。



初めてこの駅伝を走ったのは第24回大会で1971年の8月7日(土)。GGサンは22歳。第3区15.7km。レースで走ったのはそれまで10km以下だったのでこれは最長距離。

6日の朝、といっても夜中の2時41分の汽車で十和田湖へと向かう(当時は北陸に住んでいた)。

汽車は超満員、夜中ずーとデッキで立ったまま。やっと到着2時間前ぐらいに座ることができた。夕方6時に旅館に着く。(10時間以上立ち続けとはこれいかに? 明日走れるのかな)

山内くんと一緒に軽く40分ほど走る(元気があったなあ、若い)。夜は果物などをたくさん食べて早めに床につく。よく眠れた。(当然や)。7日朝。足が痛い。旅の疲れと昨日の練習やりすぎ。

9時に旅館を出て中継点へ。10時ごろから雨が降り始める。2区の山内くん22位でGGサンに。2kmほどで1人抜くがそのすぐあと別の選手が猛然と抜いていく。とてもついて行けない。何とか差を広げられまいと踏ん張ったつもりだが、10kmを過ぎてダウン。

今までレースはもとより練習でも走ったことのない距離に、もう走れませんの状態。たくさの沿道の応援に支えられやっと中継した。

3区 15.7km 区間22位 56:13
出場23チームなのでブービーか。キロ3分35秒ペースなので今から思うと、よく走ったのでは。全国大会なので周りが速すぎ。

3区区間成績
①48:32 鎌田俊明(鐘紡)
②48:44 田中末喜(東洋ベアリング)
③50:00 滝田正博(いずみクラブ)

鎌田選手は日本のトップランナー。現在でも10000m日本歴代20位(27:48.63)だ。
(ちょっと残念な事件があったが今はどうされてるのかな)

総合成績
①4:09:22 東洋ベアリング
②4:10:28 鐘紡
③4:15:19 東急
23 4:55:09 コマツ

コマツチーム成績
1区 12.9km 21  47:25
2区 13.4km 23  47:27
3区 15.7km 22  56:13
4区 17.1km 23 1:02:10
5区 16.9km 23 1:21:54
(総距離76km)

どんどん、どんどん登っていくコースで最終区は酸素不足に陥った。

以後も大会は継続され今年も第65回大会が8月に行われている。

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2012年10月14日 (日)

GGサンのマラソン全成績

今日はチビたちを連れて枚方パークへ遊びに行く。練習は休み。

来年3月10日開催の『京都マラソン2013』の抽選結果発表は10月末。GGサンもエントリーしたが競争率は3.3倍、3人に1人だ。くじ運の非常に悪いGGサンなのであまり期待はしていないが、いい機会なので今までのマラソンの記録をまとめてみた。

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出場回数は13回で最高記録は2時間38分26秒。総じて30km以降の落差がおおきく、30分は切れずじまい。走り込みができていなかったし、それが実力だろう。

それでも初マラソンから11回目まではサブスリーを達成したので、よく走ったのではないだろうか。

41歳と60歳の時はのんびり走るという気持ちに変わっていた。

一番苦しかったのは10回目の中日福井マラソンだったかな。篠山から1カ月後、疲労が抜けていないままに走ったので後半のきつさと言ったら地獄。よく途中でリタイアしなかったものだ。

8回目の高槻も地獄。淀川土手の石ころ混じりの土道5キロを4往復するコース。(記録は未公認だろうけど)

6度の京都マラソンもいづれも終盤は地獄だったし結局どれもこれも最後は疲労困憊の極致。

その中で比較的、爽快な気分で走れたのは富士を観ながら走った河口湖。

疲労困憊を極めたあとのゴールの達成感も言葉では言いあらわせないものかな。それがマラソンの醍醐味だろうか。

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2012年6月28日 (木)

京都ランナーズ御所例会

今日は走ったり歩いたり1時間。両足のふらはぎに疲労が溜まっている。リフレッシュしないと故障しそうだ。

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本棚を整理していたら「新体連京都ランナーズ創立20周年記念誌・走人」をみつけた。1993年9月発行だからもう20年ほど前か。たしか1993年に宇治の太陽が丘で行われた京都スポーツ祭典陸上に出場したとき。冨田良一さんから「GGサンの名前が出てますよ」と言われ一冊購入。りっぱに製本された記録集です。

この記録集には例会などで配られていた部報「走人ニュース」の創刊号から134号までが復元されている。

GGサンが京都ランナーズ主催の御所での例会に始めて参加したのは1979年3月25日。30歳。集合場所は梨の木神社。第97回例会だった。当日の天気は曇りから雨。御所2周8.2キロコースを走り、27分14秒。1周目は14分22秒で2周目が12分52秒のラップだ。1kmペースは3分19秒。今のGGサンでは考えられないような高速ペース。

この記録は走人ニュースの第5号に載っていた。
その後の例会記録は走人ニュースより

1979/06/10 第101回例会 2周コース 26' 29" (13' 07" - 13' 22")
1979/07/08 第103回例会 2周コース 26' 49" (13' 04" - 13' 45")
1981/01/11 第130回例会 2周コース 26' 06" (12' 53" - 13' 13")
1989/05/14 第311回例会 2周コース 26' 41" (12' 53" - 13' 48")
1989/09/10 第317回例会 2周コース 26' 54" (13' 11" - 13' 43")
1989/11/26 第322回例会 2周コース 27' 09" (13' 05" - 14' 04")
1989/12/10 第323回例会 1周コース 12' 52"

以降の参加はなし。20年以上ご無沙汰です。

手書きでびっしり書かれた記録集、ほとばしる熱気を感じる。
昔から活躍されていた人の名前がいろいろ載っているので、また紹介したい。
 

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2012年5月26日 (土)

初レース

いい天気の土曜日。こういう日は湖へドライブでもどう?クルマを止めておいてランニングもできるしね。

しかし、カミさんの調子が悪く、やっぱりやめた。となり、いつものように鴨川河川敷をジョグ。芝生の生い茂ったところで体操したりストレッチしたりショートスプリントをしたり。

ジョグ中に京都マスターズの八田さんに出会う。女性ランナーに囲まれて楽しそうでした。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜


今日はGGの初レースのお話。

初めてのレースは入社2年目、19歳のとき。かれこれ44年前の話。どこの大会って? 会社の寮があった地区(殿一学区)の体育祭。まあ町内の運動会だね。ゼッケン(今ではナンバーカードかな)を着けて順位を競う、GGにとっては大レース。

当時の運動会にはマラソンという種目があった。大会の花。場所は中学校のグランド。京阪電車枚方市駅のひとつ京都よりに御殿山という駅がある。そこから東に急な坂を上って行ったた先にこの中学校がある。(枚方一中)

9月のある日曜日、今にも雨が降りだしそうな天気。距離は6キロ。40名あまりのランナーが集まる。寮があった町内からはGGと陸上部主将のHさんが出場した。

このHさん、職場も寮も同じだったので、「おい、GG、ちょっと俺について来い」てな感じで休日は一緒に走ったりしていた。ついて走れたからある程度の走力はあったのかな。

そう、学校では体育は超苦手科目。何をやってもダメだが持久走だけは強かった。ただし、陸上部に入って走ろうという気はない。というか、そんなだいそれたことを考えもしなかった。自分とは縁なき世界と思っていた。

それが、区民運動会とはいえ、町内の代表でレースに出場だ。緊張は高まる。H主将はアップというものをやっていた。アップとは何? レースにはウォーミングアップというものが必要なんだと教えてもらう。

H主将のアップの特長は時間までフトンに入って寝ているということ。眠るわけではなく、じーと体を暖めていてレースの1時間前ぐらいに起き出して、それからジョグという感じだった。

GGのアップはどうだったのだろう。何もわからないままウロウロしていたんだろうな。

いよいよレースがスタート。中学校のグランドを出て、ダーと坂を下り御殿山の駅前を通り地区を回ってまた中学校へ帰ってくるコース。

GGは集団の後ろからついて行って、ちょとずつ抜いていくというスタイル。最初から飛ばす度胸なんてまったくない。

下った坂はのぼらないと帰れない。往きと場所は違うが狭くて長くて急な上り坂。ここまで順位をだいぶあげて来たが、この最後の坂で力尽きて死んだ。這ってのぼった先のグランドに帰ってきたときは雨。雨のなか8位でゴール。優勝はH主将。昨年に続き連続優勝だ。

この日のタイムは残っていない。

この殿一学区マラソンは次の年、H主将不参加のなか、町内の期待を一身に背負って(と思っているのはGGだけか)出場することになるのだが・・・


Up

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2012年4月 2日 (月)

1995年9月 第11回近畿マスターズ陸上

狭い家の狭い本棚。だから定期的に整理しないと本で溢れてしまう。だが一点一点、手にとって中味を確認しながらなので仕事は進まない。まあ、納期のある仕事ではないのでのんびりしたものです。

本棚では陸上大会のプログラムも結構幅をきかしている。残しておいても溜まるだけなので整理しよう。で、手にしたのは1995年の近畿マスターズ陸上選手権プログラム。会場は滋賀県の皇子山陸上競技場。自分の出たレースの結果を3位までメモしていた。何しろメモなので間違っているかもしれません。そのときはご容赦。

10:30 5000m M45
①16:41.15 今坂晴幸(京都46)
②16:52.04 夏原正夫(滋賀46)
③17:05.18 沢村幸次郎(滋賀45)

13:00 800m M45
①2:18.99 今坂晴幸(京都46)
②2:24.99 北崎俊二(兵庫46)
③2:26.43 山田 滋(滋賀45)

14:05 1500m M45
①4:33.63 夏原正夫(滋賀46)
②4:33.97 村上文彦(奈良48)
③4:38.68 今坂晴幸(京都46)

3レースに出場、このころはまだ思い通り走れていたかな。今でも大会でお会いする選手の名前も拝見できます。何歳になっても良きライバル。

Kink1995

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2012年3月20日 (火)

1986年3月 明日香ひなまつり古代マラソン

今日は過去の記録整理。1986年3月9日(日)奈良県明日香村で行われた第2回明日香マラソンの結果。奈良新聞昭和61年3月14日(金)より。

なお、この大会は平成12年の第16回で打ち止めとなったようですね。

10kmの部 上位 掲載

第7部(男子10km 高校生~35歳)
①青木 知二 32:27
②大谷  栄  32:31
③中原 拓也 32:47
④真藤久仁男 33:14
⑤大島  進  33:48    
⑥寺下 昌宏 34:24
⑦田中 秀俊 34:43
⑧篠原 義夫 34:58
⑨中嶋 憲幸 35:22
⑩大冨 益義 35:23
257名完走

第8部(男子10km 36歳以上)
①今坂 晴幸 33:07
②三津井時末 34:31
③広瀬 清徳 34:38
④福田 政盛 34:59
⑤藤倉 茂行 34:59
⑥谷口 清美 37:19
⑦浅田 賢輔 37:26
⑧西尾 久義 38:11
⑨山本 正之 38:22
⑩新田 正典 39:39
257名完走

第9部(女子10km 高校生~35歳)
①米田 理恵 38:40
②高橋 裕子 38:43
③菅原 千穂 39:54
④中田かおる 42:22
⑤高橋巳季子 42:24
77名完走

第10部(女子10km 36歳以上)
①近藤 セキ 42:17
②巻田 淳子 44:04
③尾野 富江 45:39
④田之上京子 46:05
⑤井上美津代 46:45
64名完走

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